邦寿会100周年記念デジタルブック
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母親の憶い出 ―私は幸福であった―社会福祉法人 邦寿会理事長鳥井信吾そんな中、邦寿会は2008年(平成20年)4月、サントリー洋酒工場跡地にどうみょうじ高殿苑を新設し、総合福祉施設として全室個室ユニット型の最新設備とゆったりとした緑豊かな環境の中で、これからの時代に対応する高齢者介護事業をスタートしました。ご利用者、ご家族、地域の方々からも高い評価をいただいています。鳥井信治郎が常々口にしていた言葉に「陰徳を積む」と言う言葉があります。事業の鬼とうたわれるほど商売に情熱を傾けた人でありましたが、その反面、幼いころ母に感化されたあつい信仰心や社会への謝意から、社会奉仕には我を顧みずにといってよいほどの深い理解と実行力で、多くの社会事業を手がけてきました。鳥井信治郎は、次のような逸話を残しています。   私の幼い時分、母親に連れられて、恐らく手を引かれて天満の天神さんへ参った時のこと   である。(中略)   天神橋の上には両側にたくさんの物乞いが並んで座り、参詣の善男善女に物を乞うている。   汚い物乞いが憐れな声をあげて物を乞う姿は私には物珍しかったに違いない。   母親からお銭を頂いて面白半分にその物乞いの人達に私は金を投げ与えた。時には自分の   小遣として貰って持っていた小銭をやったこともあったろう。とにかくなにがしかの金を   彼等に恵んでやると彼等は大きな声を出して或はジエスチュアたっぷりにいかにも有難   そうにお礼をいう。それが小さい私にはいかにも物めづらしく面白いものだから、つい思わ   ず知らず後をふりむいて、そのお礼をいう物乞いの方を見ようとする。(中略)   ところが又母親がきつく私の手を取って、後を見てはいけないといわれる。私にしてみると、   別にお礼をいって貰うために振り返るわけではないので、(中略)不審でたまらなかった。   (中略)後を振り返って見ようとする心はそのお礼を待つ心であり、物を恵んだのだから   お礼をするのが当り前だとする心で、陰徳を施そうとする無私の心持とはおよそ反対の心   である。幼い私にはそんな奥深い母親の心持が、わかろうはずは勿論なかったが、後年いつ   もその母親が身を以て教えこまれた教訓をかみしめ味わいそのうま味が段々分かって来た   ので、母親の教えられた通り実行することにしたのである。   (鳥井信治郎「道しるべ」サントリー社内報『まど』昭和33年9月号より一部抜粋)どうみょうじ高殿苑の開設後も、地域包括支援センターの受託開設(2011年)、高殿苑、つぼみ保育園の新築移転(2017年)と時代のニーズを踏まえ、事業内容は変化、多様化してきましたが、創立者鳥井信治郎の「陰徳あれば陽報あり」すなわち「人の見えないところで徳を積めば、いつかそれが自分にいいことになって還ってくる」その信念は、今もなお、生き続けています。5

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